〔blog〕 卒業制作_旧3年2組の作品
2020年5月7日 12時00分各グループごとに明暗や立体感を考えながら「この色はどうかな?」「これはグラデーションになっている?」と、一色ずつ相談して作業を進めていったそうです。
〈旧3年2組の作品〉
各グループごとに明暗や立体感を考えながら「この色はどうかな?」「これはグラデーションになっている?」と、一色ずつ相談して作業を進めていったそうです。
〈旧3年2組の作品〉
昨年度の卒業生が美術の時間に取組んだ『卒業制作』をクラス別に紹介していきます。高松中学校での三年間の思い出を、グループに分かれて砂絵で表現してくれました。
〈旧3年1組の作品〉
元禄14年(1701)の江戸城松之廊下の刃傷事件に端を発した赤穂事件は、翌15年12月、吉良邸討ち入りという事件に発展します。吉良上野介を討ち取った大石内蔵助一行46名(四十七士のひとり寺坂吉衛門は、途中で姿を消しています。)は、泉岳寺にある主君浅野内匠頭の墓前に吉良の首を供えた後、幕府の命により細川家を含む4家にそれぞれ預けられました。大石内蔵助ら17名を預かった細川家は、高輪の下屋敷にて彼らを丁重に扱ったと記録に残されています。元禄16年(1703)2月4日、幕府の命が下り、同日中に全員が預けられた先で切腹をしました。切腹の後、46人の遺骸は主君と同じ泉岳寺に送られ、埋葬されました。
大石内蔵助らが切腹をしたかつての広大な細川家高輪下屋敷の敷地は、現在、高松中学校などになっていますが、細川家の屋敷跡の一部が塀に囲まれて残されており、往時をしのばせます。
血洗の池
高松中学校の校地内にある『血洗の池』。この池は、大石内蔵助等数名が切腹した後、その介錯した刀を洗った池と言われています。池の横に石の丸い枠があるのですが、これは水野監物邸で切腹した赤穂浪士の身体を清めた井戸の枠がこちらに移されたものだそうです。また、二つ石像は、加藤清正が朝鮮出兵の際に持ち帰ったものと伝えられています。
光合成をしてエネルギーを作り出すのが葉の役割ですが、葉を作り維持するのにもエネルギーが必要です。そのため、日光が少なかったり気温が低かったりなど条件が悪いと、作り出すエネルギーよりも使うエネルギーが上回ってしまいます。1年の中で気候の差が大きい地域で、冬場は葉を落とし、春から夏にかけての光合成に適した時期だけ葉をつけるのが落葉する木々の戦略だそうです。
★校舎から見る「シイの木」と「たかまつの森」
高松中学校の自慢の一つに、『たかまつの森』があります。『たかまつの森』には、散策路も整備されていて、様々な活動に利用されています。
☟これまで撮りためていた写真を掲載しています。
◎「ツツジ(躑躅)」の花言葉は「節度」「慎み」。
赤のツツジの花言葉は「恋の喜び」。
白のツツジの花言葉は「初恋」。だそうです。
AEDは、操作方法を音声でガイドしてくれるため、簡単に使用することができます。
また、心臓の動き(心電図)を自動解析し、電気ショックが必要な方にのみ電気ショックを流す仕組みになっています。
Ⅰ 2階:正面玄関〔2階体育館から一番近い場所〕
Ⅱ 1階:1年生の昇降口〔校庭から一番近い場所〕
Ⅲ 5階:室内プールの監視室
簡易版一次救命処置の手順ポスター
AEDと心肺蘇生 年齢別対応表
A棟5階には、美術室があります。また、5階の1年生の教室のならびに「書写室」があります。
A棟4階には、図書室・パソコン室・視聴覚室・PTA室等があります。
また、A棟4階には、主にスクールカウンセラーが利用している「相談室」が
あります。本校では、毎週火曜日に区のスクールカウンセラー。毎週金曜日に都のスクールカウンセラーが常駐していて、生徒の皆さんや保護者の方からの相談を受付けています。
A棟3階には、第1・第2理科室。家庭科の授業で使う調理室、被服室があります。
また、3階には、特別支援教室や生徒からの個別の相談を受ける場所として利用されている『しいの木ルーム』があります。
A棟1階には、音楽室・木工室等の特別教室があります。
〔音楽室…昨年度の卒業生の合唱コンクール3年間の「めくりプロ」が飾られています〕
〔第2音楽室…少し小さめの第2音楽室。合唱のパート練習や琴の学習に使われます〕
〔木工室…木工作業に必要な工具・機械が揃っています〕
正面玄関のある二階には、校長室・職員室・事務室・保健室があります。
2階の廊下は、来客も多いことから『フォーマルゾーン』となっています。
〔校長室…高松宮様から御下賜された初代の校旗が飾られています〕
〔職員室…昨年度末、新しい机・椅子が入り、綺麗になました〕
〔事務室…通学証明書・学割証等が必要な場合、お世話になります〕
〔保健室〕
区政70周年記念事業の一環として、平成29年度から「港区教育史」編さん事業に取り組んでいます。
江戸時代後期以降の教育の歩みは、寺子屋を発祥としています。港区の地における150年を超えるこの歩みを体系的に記録し、後世に語り継ぎます。
港区教育史の刊行に先立ち、編さん過程で発見された貴重な歴史資料や映像を広く区民の皆さんに「見て」、「知って」いただき、区の教育史に興味を持っていただくため、「見る・知る・伝える~港区教育アーカイブ~」をインターネット上で公開されました。今後も随時資料を追加され、公開していくそうです。
「見る・知る・伝える~港区教育アーカイブ~」
★詳細は、こちらをクリックしてください。
正面玄関前の広場の斜面に、新しい芝生を植えてもらいました。
これから夏に向けて、しっかりと芝生が根付いて、生長するのが楽しみです。
最後に、芝生の上に土をかぶせて、作業は終了しました。